―ショートスクイーズを市場構造から読む
2026年6月、米国のレンタカー大手Avis Budget Groupは、大株主であるヘッジファンドのPentwater Capital Managementから、6億5,000万ドルの現金を受け取ることで合意したと発表した。日本円にすれば、約1,000億円に近い規模である。
これはPentwaterによる追加出資でも、Avisが発行した新株の引受けでもない。両社の間で起きていた訴訟を解決するための和解金だった。 その少し前、Avis株は2026年初の約128ドルから、一時847.70ドルまで急騰し、その後わずか2営業日で68%下落していた。
なぜ上場会社であるAvisが、自社の大株主からこれほど巨額の和解金を受け取ることになったのか。今回の記事では、Avis株をめぐって起きた異例の出来事を、当時の報道と公開資料から追ってみたい。
記事の紹介――Avis株で何が起きていたのか
今回参照する中心的な記事は、WSJの3本である。 2026年4月22日の“The Unusual Short Squeeze Behind Avis’s Wild Rally”は、Avis株の急騰を、個人投資家主導のミーム株相場とは異なる、プロ投資家同士のポジションを背景としたショートスクイーズとして紹介している。 2026年4月29日の“A Wild Short Squeeze on Avis’s Stock Takes Another Surprising Turn”は、AvisのBrian Choi CEOが、株価急騰後の売買についてPentwater Capital Managementを名指しし、短期売買利益返還規制の可能性に触れたことを報じている。 そして、2026年6月23日の“Avis Wins $650 Million From Hedge Fund Accused of Stoking Wild Stock Swings”は、AvisがPentwaterから6億5,000万ドルの現金を受け取ることで和解したと報じた。その和解金は、Pentwaterによる追加出資ではない。AvisがPentwaterに対して起こしていた訴訟を解決するための支払いであり、裁判所の承認を条件としている。 では、その前にAvis株で何が起きていたのか。
急騰の前提には、二つのヘッジファンドによる大量保有があった
WSJによれば、2026年3月25日時点で、SRS Investment ManagementとPentwater Capital Managementは、合わせてAvisの発行済み株式の70%超を保有していた。
SRSは、Avisに長年投資してきた株主である。記事では、SRSがAvis株の約50%を保有していたこと、SRSのPresidentであるJagdeep Pahwa氏がAvisのExecutive Chairmanでもあることが紹介されている。
一方のPentwaterは、フロリダを拠点とするヘッジファンドである。WSJによれば、Pentwaterは数年前からAvis株を買い始め、2025年5月には約7%の保有を開示していた。その後、現物株と現金決済型のトータル・リターン・スワップを通じて、Avisに対するポジションを拡大していった。
記事では、SRSとPentwaterがいずれも現金決済型の株式スワップを保有しており、両社の経済的なエクスポージャーは、現物株の保有比率をさらに上回っていたとされている。
空売り残高は、浮動株の半分を超えていた
Avis株には、空売りも積み上がっていた。 WSJによれば、2026年初には、Avisの浮動株の53%に相当する株式が空売りされていた。4月初めの時点でも、浮動株の半分超が空売りされていたという。
Pentwaterが保有比率の上昇を開示した後、Avis株は急速に上昇した。2026年初に約128ドルだった株価は、4月22日の取引時間中に一時847.70ドルを付けた。 WSJは、株価上昇によって空売り投資家が損失を抑えるために買い戻しを迫られ、その買い戻しがさらに上昇圧力を強めたと説明している。 S3 Partnersによれば、空売り投資家は一時、約50億ドルの含み損を抱えていたと推計されている。それでも空売り残高は増加しており、株価の下落を見込む投資家も残っていた。
一方、Vanda Researchによれば、この局面で個人投資家は中心的な買い手ではなかったとしている。2026年を通じて個人投資家はAvis株をおおむね売り越しており、急騰局面になってから小幅な買い越しへ転じた程度だったとされる。
Pentwaterは、高値圏で約430万株を売却した
株価急騰後、Avis株は急落した。 WSJによれば、Pentwaterは4月22日と23日に、約430万株を1株250ドルから702ドルの価格で売却した。 AvisのChoi CEOは、その売却代金の総額を約17億5,000万ドルと推定した。 Pentwaterによる売却が進む中、Avis株はわずか2営業日で68%下落した。4月29日時点の終値は181ドル余りまで下がっていた。
ただし、Pentwaterは保有株をすべて売却したわけではない。WSJによれば、4月24日時点でも約350万株を保有していた。また、5月初めの提出書類でも、PentwaterはAvis株の7%超を保有していたとされる。
Avisは、Pentwaterだけが売買していたと名指しした
AvisのChoi CEOは、4月29日の決算説明会で、株価が激しく動いた期間の取引についてPentwaterを名指しした。 Choi氏によれば、Avis自身は2024年以降、自社株を買っても売ってもいなかった。筆頭株主のSRSも、2023年以降はAvis株を売買していなかったという。 そのうえでChoi氏は、異常なボラティリティが発生した期間に、主要な内部者の中で売買していたのはPentwaterだけだったように見えると述べた。
さらにAvisは、Pentwaterによる売買の一部が、米証券取引法上のshort-swing profit rule(短期売買利益返還規制)の対象になる可能性を指摘した。 この規則は、会社の役員や取締役、10%超株主などが、6か月以内に株式を買って売る、または売って買うことで得た利益について、会社への返還を求めることができる制度である。 Choi氏は決算説明会で、株主に帰属すべき金額について、Avisが「最後の1ドルまで追及する」と述べた。
当初、Pentwaterが返還対象と認めたのは約9万4,000株だった
Pentwaterは、4月に売却した約430万株のすべてが、短期売買利益返還規制の対象になるとは認めていなかった。 WSJによれば、Pentwaterは当初、約430万株のうち、返還対象となり得るのは約9万4,000株だと開示していた。同社はAvisとの協議に入り、この約9万4,000株について生じた短期売買利益を自主的に返還する意向を示していた。 しかしAvisは、返還対象となる取引をより広く捉えていたようである。 どの買付けと売付けを組み合わせるのか、Pentwaterが運用する複数のファンドや口座をどのように扱うのかを含め、両社の見解には隔たりがあったとみられる。
約2か月後、6億5,000万ドルで和解した
その後、AvisはPentwaterに対し、短期売買利益の返還を求める訴訟を起こした。 2026年6月23日のWSJ記事によれば、両社は、PentwaterがAvisへ6億5,000万ドルを現金で支払うことで訴訟を解決することで合意した。この和解は、裁判所の承認を条件としている。
Avis株の急騰は、なぜ6億5,000万ドルの和解につながったのか
前章で見た出来事を単純に整理すれば、Avis株が急騰し、Pentwaterが高値圏で売却し、その後Avisが6億5,000万ドルの和解金を受け取った、という流れになる。 しかし、この一件は、単なる「株価急騰」と「大株主の利益確定」だけでは説明しにくい。 重要な点は、Avis株をめぐって、現物株を買うことも、借りることも難しくなるような市場構造が生じていた可能性である。そのうえで、Pentwaterの高値売却が、米国証券取引法上のshort-swing profit rule(短期売買利益返還規制)に抵触した可能性があるとして、Avisの返還請求につながった。 つまり、Avis株の急騰は、それ自体が直接6億5,000万ドルを生んだわけではない。急騰、売却、規制、そして経営陣の対応がつながった結果として、巨額の和解に至ったのである。
A ショートスクイーズの成立―買えない株、借りられない株
まず注目すべきは、Avis株の急騰が成立した背景である。ショートスクイーズの一般的な仕組みは知識ボックス①で整理しているが、今回のポイントは、単に空売り残高が大きかったことだけではない。
WSJやReutersは、SRS Investment ManagementとPentwater Capital Managementが、合わせてAvisの発行済み株式の70%超を保有していたと報じている。Barron’sはこの比率を約71%と整理していた。 WSJは、4月初めの時点でもAvisの浮動株の半分超が空売りされていたと報じている。さらにBarron’sが引用したBarclaysのDan Levy氏は、空売り残高が浮動株のほぼ100%に達していたと指摘していた。 これだけでも、空売り投資家にとっては危険な需給である。発行済み株式の大部分が少数の大株主に集中し、その一方で多くの投資家が空売りをしている。株価が上昇し始めれば、空売り投資家は買戻しを迫られる。しかし、実際に市場で買える株式は限られている。
ただし、Avis株で本当に異常だったのは、ここにTotal Return Swap(トータル・リターン・スワップ、TRS)が加わる点である。 Barron’sは、SRSが1,740万株、Pentwaterが780万株を保有していたとしたうえで、さらに両社が保有するcash-settled equity swaps(現金決済型エクイティ・スワップ)を含めると、合計の経済的エクスポージャーはAvisの発行済み株式数を上回る水準に達していたと整理している。Barron’sの計算では、その比率は107%に達していた。 仮にこの整理の通りであれば、空売り投資家から見たAvis株は、単に空売り残高が高い銘柄ではなかった。市場で買い戻せる株も、空売りを維持するために借り続けられる株も、極端に限られているように見える銘柄となった。
空売り投資家は、損失を抑えるために買い戻したい。しかし、買い戻そうとすれば、そもそも売ってくれる株主が限られる。空売りを維持しようとしても、株式貸借市場で借りられる株が細っていれば、ポジションの維持も難しくなる。 つまり、Avis株の急騰は、買い需要が急に増えたというだけではなく、買うための現物株も、借りるための現物株も見つかりにくくなったことへの恐怖が生んだ可能性がある。
B TRSの存在―見えないポジションと現物株の固定化
次に見るべき点は、PentwaterやSRSが利用していたTRSである。TRSの基本的な仕組みは知識ボックス②と③で整理しているため、ここではAvis株の需給に与えた意味に絞る。
現物株だけを見れば、誰かが一社の発行済み株式を100%超保有することはできない。しかし、現物株の保有にTRSを通じた経済的エクスポージャーが加わると、株主名簿上の保有比率を超えて、株価変動に対する実質的なロングポジションが積み上がることがある。 Barron’sが指摘したように、SRSとPentwaterの合計経済的エクスポージャーがAvisの発行済み株式数を上回る水準に達していたとすれば、それは通常の保有比率分析では捉えきれない異常な状態である。 Avis株で重要だったのは、TRSが「見えにくいポジション」を作るだけではなく、取引相手のヘッジを通じて、現物株の流動性にも影響し得る点である。
TRSの取引相手である金融機関は、株価上昇時の支払いリスクを抑えるために、参照株式を現物で買うことがある。その場合、投資家自身が現物株を直接買っていなくても、金融機関のヘッジを通じて市場から現物株が吸収される。もちろん、TRSの取引相手が実際にどの程度Avis株を現物で保有していたのかは、公表資料からは確認しにくい。 それでも、現物株の集中、大量の空売り、TRSを含む100%超の経済的エクスポージャーが同時に存在していたことは、Avis株のショートスクイーズを考えるうえで重要である。
C 短期売買利益返還規制―Pentwaterの売却は、通常の利益確定で終わらなかった
Pentwaterは、Avis株が高値圏にあった4月22日と23日に、約430万株を売却した。Choi CEOは、その売却代金の総額を約17億5,000万ドルと推定した。 通常であれば、これは大株主による高値での利益確定として理解されるかもしれない。 しかし、今回の一件はそこで終わらなかった。Avisは、Pentwaterによる売買の一部がshort-swing profit rule(短期売買利益返還規制)の対象になるとして、利益の返還を求めた。最終的に、PentwaterはAvisへ6億5,000万ドルを支払うことで和解した。
ここで重要なのは、Pentwaterの高値売却が、単なる市場取引ではなく、会社への返還請求につながる取引として扱われたことである。 Section 16(b)の制度内容は知識ボックス④で整理している。本文で押さえるべき点は、米国では現物株だけでなく、一定のデリバティブ取引も短期売買利益返還規制の争点になり得ることである。 日本にも金融商品取引法164条に短期売買利益返還規制は存在する。しかし、日本の実務感覚から見ると、TRSを含む複雑なポジションを持つ大株主の取引が、数億ドル規模の返還・和解につながる事例は想像しにくい。
Avis/Pentwaterの一件では、ショートスクイーズによって生じた高値売却の経済的利益が、証券法上の制度を通じて、少なくとも一部、会社側に戻る形になった。ただし、この和解は裁判所の承認を条件としている。
金融界からの目線-市場参加者が残したもう一つの問い
ここまで見てきたのは、実際に起きた出来事である。しかし、この一件を見た金融実務者の間では、もう一つ別の論点も意識された。ATM発行の一般的な仕組みは知識ボックス⑤で整理しているため、ここではAvis固有の意味に絞る。
Avisは、株価急騰の直前にat-the-market offering(ATM発行、市場取引型発行)の枠を設定していた。つまり、市場価格を見ながら新株を発行できる枠組みを持っていた。 ここで、米国金融界らしい見方が出てくる。 BloombergのMatt LevineはMoney Stuffで、Avisが高値で新株を発行できていれば、ショートセラーに対して割高な株式を売り、会社に資金を取り込むことができたのではないか、という趣旨の見方を示していた。これは、ミーム株相場でAMCやGameStopが株価急騰を資本調達に利用したことを思い起こさせる。
金融業界の目線から見れば、株価が異常に高くなったなら、その価格を会社の資本に変えられないか、という発想が出てくる。
ただし、Avisが高値で新株を発行しなかったことを、単純に「経営陣が機会を逃した」と見るのは強すぎる。 Barron’sは、少なくともSRSのような内部者による売却については、決算発表前のquiet period(沈黙期間)が制約になり得るとの見方を紹介していた。会社自身によるATM発行についても、決算前後の開示や実務上の制約が意識された可能性はあるが、Avisが発行しなかった理由が公表資料から明確に確認できるわけではない。
それでも、Money Stuff的な問いは残る。会社自身は高値を資本調達に使っていない。一方で、大株主であるPentwaterは高値圏で大量の株式を売却していた。では、その異常な株価形成から生じた価値を、会社自身は、その高い株価をどのように資本政策へ結び付ける余地があったのか。
若手金融マンへの示唆―ヘッドラインニュースの背後にある金融実務を読む
Avis/Pentwaterの一件は、一見すると、少し変わった株価急騰ニュースに見える。 米国のレンタカー会社の株価が急騰し、大株主のヘッジファンドが高値で売却し、その後、会社が6億5,000万ドルの和解金を受け取った。ヘッドラインだけを見れば、特殊なショートスクイーズの話として通り過ぎてしまうかもしれない。
しかし、このニュースの面白さは、結論そのものよりも、その背後に金融実務上の素材がいくつも埋まっている点にある。 現物株の集中、空売り、TRS、貸株市場、短期売買利益返還規制、ATM発行。いずれも単独では専門的な論点に見えるが、今回のAvis株では、それらが一つの相場イベントの中で同時に表面化した。 一見するとニッチなヘッドラインニュースのなかにも、株式市場、デリバティブ、証券法、資本政策が交差する重要な事例がある。 今回のAvisは、一つのニュースの中で、市場構造、デリバティブ、証券法、資本政策がどのようにつながるのかを観察できる、珍しいケーススタディと言えるだろう。
知識ボックス
① ショートスクイーズとは何か
ショートスクイーズとは、空売り投資家が株価上昇によって買い戻しを迫られ、その買い戻しがさらに株価を押し上げる現象である。 空売り投資家は、株式を借りて市場で売却し、後に安い価格で買い戻すことで利益を狙う。しかし、株価が上昇すると、買い戻し価格が売却価格を上回り、損失が拡大する。 その損失を抑えるために空売り投資家が買い戻しを急ぐと、その買い需要が株価をさらに押し上げることがある。これがショートスクイーズである。
典型的なミーム株相場では、個人投資家の買いが空売り投資家の買戻しを誘発し、株価上昇が自己増幅的に進む。 GameStopやAMCのような事例では、SNSや個人投資家コミュニティを通じて買いが集まり、空売り投資家が損失回避のために買い戻す。その買戻しがさらに株価を押し上げ、追加の買戻しを呼ぶという構図が注目された。
ただし、ショートスクイーズは個人投資家主導でなければ成立しないわけではない。 売らない大株主、ポジションを拡大するプロ投資家、株式貸借市場の逼迫、大量の空売りが重なれば、プロ投資家同士の取引でもショートスクイーズは起こり得る。 ショートスクイーズを見る際には、short interest(空売り残高)だけでなく、float(浮動株)や、実際に売買・貸借に出てくる株式の量を見る必要がある。
② TRSとは何か――現物株を持たずに株価変動を受け取る仕組み
Total Return Swap(トータル・リターン・スワップ、TRS)は、株式を直接保有しなくても、その株価変動に対する経済的損益を受け取ることができるデリバティブ取引である。 典型的には、投資家は金融機関との間でTRS契約を結ぶ。参照対象となる株式の価格が上昇すれば、投資家はその上昇分に相当する経済的利益を受け取る。一方、株価が下落すれば、投資家はその下落分を負担する。 この仕組みにより、投資家は現物株を直接保有せずに、株価変動に対するeconomic exposure(経済的エクスポージャー)を持つことができる。
ここで重要なのは、beneficial ownership(実質所有)とeconomic exposure(経済的エクスポージャー)は同じではないという点である。 現物株を保有していれば、議決権や処分権を持つ場合がある。一方、TRSでは、株式の議決権や処分権を直接持たなくても、株価変動の損益だけを受け取ることができる。 そのため、現物株の保有比率だけを見ると、投資家がその会社の株価に対してどれほど大きな経済的ポジションを持っているかを十分に把握できない場合がある。
日本でも、現金決済型エクイティ・デリバティブを通じた実質的な株式ポジションは、制度上の論点になっている。 2026年5月施行の日本の制度改正では、一定の目的を持つ現金決済型エクイティ・デリバティブについて、大量保有報告制度上の「保有」に含める扱いが導入された。 ただし、TRSを持てば一律に大量保有報告の対象になるわけではない。日本の改正制度では、原資産株式の取得目的、重要提案行為等の目的、議決権行使に影響を与える目的など、一定の目的がある場合に対象となる。
③ TRSのヘッジは、なぜ現物株の流動性に影響するのか
本稿では、報道で使われるcash-settled equity swaps(現金決済型エクイティ・スワップ)を含む株式スワップを、説明上はTRSとして扱う。
TRSは、投資家のポジションを見えにくくするだけでなく、取引相手のヘッジを通じて、市場で売買・貸借できる現物株を減らす可能性がある。 金融機関が投資家にTRSを提供する場合、参照株式の株価が上昇すると、金融機関は投資家にその上昇分を支払う必要がある。金融機関はこのリスクを抑えるため、参照株式を現物で買うなどのヘッジを行うことがある。 たとえば、ある投資家が特定銘柄を参照するTRSを通じて大きなロングポジションを取った場合、金融機関はそのリスクをヘッジするために、その銘柄の現物株を買う可能性がある。
投資家自身は現物株を直接買っていなくても、TRSの取引相手によるヘッジを通じて、市場から現物株が吸収されることがある。ここでは、この状態を「現物株の固定化」と呼びたい。 この点は、ショートスクイーズを考えるうえで重要である。 空売り投資家は、株式を買い戻すか、株式を借り続ける必要がある。しかし、大株主が株式を売らず、TRSの取引相手がヘッジのために現物株を保有し、その株式が市場に出にくくなっている場合、空売り投資家が調達できる現物株はさらに限られる。
つまり、TRSには「見えにくいポジション」と「現物株の固定化」という二つの側面がある。 第一に、投資家の実質的な経済的ポジションを、現物株の保有比率だけでは見えにくくする。 第二に、金融機関のヘッジを通じて、現物株が市場から固定され、売買や貸借に使える株式が減る可能性を持つ。 ただし、TRSの想定株数と同数の現物株が必ずヘッジとして買われるわけではない。金融機関のヘッジ量は、株価変動、流動性、他の取引との相殺関係、リスク管理方針によって変わる。
④ Section 16(b)とは何か――大株主の短期売買益が会社に戻る制度
米国証券取引法Section 16(b)は、会社の取締役、一定の役員、10%超株主などが6か月以内の売買で得た利益を、会社へ返還させる制度である。 一般にshort-swing profit rule(短期売買利益返還規制)と呼ばれる。 この制度の特徴は、未公表の重要情報を実際に利用したことを会社側が立証する必要がない点にある。通常のインサイダー取引規制は、重要な非公開情報の利用が問題になる。これに対し、Section 16(b)は、内部者や10%超株主による短期売買利益を、一定のルールに基づいて会社へ帰属させる制度である。 つまり、Section 16(b)は「不正な意図」を問題にする制度というより、一定の内部者による短期売買益の帰属を機械的に変える制度である。 また、Section 16(b)では、現物株だけでなく、一定のデリバティブ取引も問題になり得る。オプション、スワップ、その他の派生商品を通じて、株式と同様の経済的利益を得ている場合、その取得、処分、行使、決済などが短期売買利益返還規制の対象になるかが争点となることがある。
日本にも、金融商品取引法164条に短期売買利益返還規制は存在するが、日米の制度は完全に同じではない。 対象者、対象取引、デリバティブの扱い、利益計算、株主による請求手続、実務上の利用頻度には違いがある。
米国では、Section 16(b)が現物株だけでなく、一定のデリバティブ取引にも及び得る点が重要である。
⑤ ATM発行とは何か――株価上昇を会社の資金調達に変える仕組み
at-the-market offering(ATM発行、市場取引型発行)とは、会社が証券会社を通じて、市場価格を見ながら新株を随時売却する資金調達手法である。 通常の公募増資では、会社は一定の株数と価格をまとめて決め、市場に新株を発行する。一方、ATM発行では、あらかじめ発行枠を設定しておき、その範囲内で、市場の状況を見ながら少しずつ株式を売却できる。
会社にとっての利点は、株価が高い局面で資金調達を行いやすいことである。 株価が高いほど、同じ資金を調達するために発行する株式数は少なくて済む。つまり、既存株主にとっての希薄化を抑えながら資金を得やすくなる。
ミーム株相場では、このATM発行が注目された。AMCやGameStopは、株価急騰局面を利用して新株を発行し、会社に資金を取り込んだ。市場の需給で株価が大きく上がったとき、会社自身がその高値を資本調達に使った事例である。
ただし、ATM発行は万能ではない。 大量に新株を発行すれば、株価上昇を支えていた需給そのものを崩す可能性がある。また、発行枠を設定していても、必ず高値で全株を売却できるとは限らない。 会社側には、開示、決算発表前後の取引制限、インサイダー情報、証券会社との実務、株主への説明など、さまざまな制約もある。 今回のAvisでは、株価急騰の直前にATM発行枠が設定されていた。しかし、急騰局面でAvisがその枠を使って新株を発行したとは確認されていない。
金融業界から見れば、Avisはなぜ高値を資本調達に使わなかったのか、という疑問が出る。 一方で、AvisはPentwaterとの和解を通じて、最終的に6億5,000万ドルの現金を受け取ることになった。新株発行であれば既存株主の希薄化を伴うが、和解金であれば希薄化は生じない。 もちろん、これはAvisが最初から設計した資本政策ではない。ショートスクイーズ、Pentwaterの売却、Section 16(b)をめぐる返還請求が重なった結果として生じた、金融実務上の逆説として理解する方が自然である。
参照記事
2026年6月23日 The Wall Street Journal
“Avis Wins $650 Million From Hedge Fund Accused of Stoking Wild Stock Swings”
2026年4月29日 The Wall Street Journal
“A Wild Short Squeeze on Avis’s Stock Takes Another Surprising Turn”
2026年4月22日 The Wall Street Journal
“The Unusual Short Squeeze Behind Avis’s Wild Rally”
2026年4月 Barrons
“What is powering the Avis short squeeze? Inside the math of a supply-demand crisis.”
2026年6月2日 Bloomberg
“Short Squeeze as a Service”
※本稿は、米国の金融コラム・業界記事を素材に、背景となる考え方や論点を整理することを目的とした考察です。本文中で紹介している参照記事には、有料媒体のものも含まれています。 本稿は生成AIを活用して下書き・構成整理を行い、筆者が検証・加筆修正の上で公開しています。
