―「SpaceX株」を持っていたはずの投資家に何が起こったのか
2020年、米バージニア州に住むRam Rupireddyは、SpaceXへ投資する機会を得た。 SpaceXはまだ上場していなかった。そこでRupireddyが投資したのはSpaceX株そのものではなく、Late Stage Managementという投資会社が提供するファンドだった。
その後、SpaceXの評価額は大きく上昇した。2026年6月にSpaceXがIPOすると、Rupireddyは、自分が持つSpaceXへの投資も大きな含み益になっていると考えた。
ところが、IPO後に状況が変わった。Late StageからRupireddyへ伝えられたのは、彼が保有していると思っていたSpaceXへの投資持分は、実は2024年にすでに売却されていたという説明だった。Rupireddyの認識では、IPO時点で保有していたはずのSpaceX株相当の価値は30万ドルを超えていた。一方、Late Stageが説明した2024年の売却時点での価値は、約4万5,450ドルだった。SpaceXの株価が上がったか、下がったかという話ではない。
しかもWSJによれば、Rupireddyの投資はSpaceX株を直接保有するものではなく、SpaceX株との間に複数のSPV(Special Purpose Vehicle、特別目的会社)などを挟む構造だった。
そもそもRupireddyは、何を持っていたのだろうか。そして、なぜ投資家は、SpaceX株そのものから何層も離れたSPVにまで資金を出していたのだろうか。
記事紹介 ―「SpaceX株」を買ったつもりの投資家に何が起きたのか
今回主に参照するのは、未公開企業への個人投資とSPVをめぐるWall Street Journal(WSJ)の三つの記事である。
2026年8月5日付のWSJ “The Investors Whose SpaceX Shares Vanished Before They Could Cash In”は、Late Stage Managementを通じてSpaceXへ投資したRam Rupireddyらの事例を報じている。
Late Stageは、SpaceXなどの未公開企業への投資機会を、SPVなどの投資用ビークルを通じて個人投資家へ提供していた。 Rupireddyは、Late Stageを通じてSpaceXへの投資エクスポージャー(exposure)を持っていると認識していた。2026年5月時点の投資家向けポータルや2025年の税務書類を基に、同氏はIPO時点でSpaceX株2,500株相当を保有していると考えていたという。SpaceXのIPO価格を基にすると、本人の計算では30万ドルを超える価値になっていた。
しかしIPO後、Late StageはRupireddyに対し、SpaceXへの投資持分は2024年にすでに売却していたと説明した。 売却時の株価は5対1の株式分割前は約105ドルで、Rupireddyの投資持分の価値は約4万5,450ドルだったという。
WSJは、Late StageとSpaceX株の間には複数のSPVなどが介在していたとも報じている。 SpaceXの親しい関係者や初期投資家(early investors)の一部がSpaceX株を保有し、それらの株式を保有するSPVが存在していた。バハマに拠点を置くCapital TruthがそのSPVの持分(interest)を取得し、さらにその持分を組み替えてLate Stageへ販売していたと、裁判資料などを基にWSJは報じている。
二つ目は、2025年6月30日付のWSJ “A Hot New Firm Opened the Private Market to the Little Guy. Now It Is in Big Trouble.”である。
記事が取り上げたLinqtoは、SpaceX、Rippleなどの有力未公開企業への投資機会を個人投資家へ提供し、事業を急拡大させた。Linqtoは500を超えるSPVなどの投資用ビークルを作り、顧客は投資先企業(underlying company)の株式を直接持つのではなく、それらの投資用ビークルを通じて未公開企業への投資エクスポージャーを取得する仕組みだった。
その一方、WSJはLinqtoの内部調査などを基に、顧客が購入したと考えていた証券(securities)の所有関係(ownership)をめぐって問題が生じていたと報じている。
価格についても問題が報じられた。WSJによれば、LinqtoはRipple株を、自社の取得価格より少なくとも60%高い価格で約1万1,000人の利用者へ販売していた。 WSJは、その上乗せ価格(markup)が顧客へ開示されていなかったと報じている。
三つ目は、2026年5月15日付のWSJ “So You Think You Own Shares in a Hot Startup? Anthropic Says Not So Fast.”である。
Anthropicは、取締役会の承認を得ていないAnthropic株式や株式に対する持分の売買・譲渡を認めず、そうした取引を同社の株主名簿などの帳簿・記録上で認識しないとの立場を公表した。 AnthropicはHiive、Forgeなど複数のプラットフォームや会社の名前も挙げた。
一方、プラットフォーム側の説明は異なる。Forgeは、同社のAnthropicへの投資を保有するファンドはAnthropicの承認を受けていると説明した。Hiiveも、会社の承認なしの株式譲渡は仲介していないと説明し、すでに完了した投資をAnthropicが無効にできるとの見方に異議を唱えている。
Columbia Law SchoolのEric Talley教授も、過去にSPVへの制限がなかった時点で有効に取得された保有持分(holding)を、新たな方針だけで遡って無効化することは難しいとの見方をWSJに示した。
Anthropic自身は現在、取締役会の承認を得ていない株式やその持分の譲渡は無効であり、SPVを通じた取得も認めないと説明している。
※記事紹介では、今回のテーマに関係する部分に絞って各記事の内容を紹介した。Late Stage ManagementとLinqtoについて、本文では詳しく扱わない経緯や主要な数字を含む事実関係は、記事末尾の知識ボックス①・②に整理している。
「SpaceXに投資した」投資家は、何を持っていたのか
RupireddyはSpaceXへ投資したと考えていた。 では、その投資を法的な保有形式から見ると、何を持っていたのだろうか。
まず比較の基準になるのは、SpaceX株式を投資家自身が直接保有する形である。 直接投資型:投資家 → SpaceX株式
SPVを使った未公開株投資では、これとは異なる形がある。今回確認した市場実務を単純化すると、代表的には次のように整理できる。 直接SPV型:投資家 → SPV → SpaceX株式 SPV-on-SPV型:投資家 → SPV A → SPV B → SpaceX株式 Forward型:投資家 → SPV → Forward Agreement → 売り手 → 将来のSpaceX株式
Forward Agreementは、株式を現在すぐに譲渡するのではなく、一定の条件が整った将来に株式を受け渡すことなどを定める契約である。各構造の詳しい仕組みや、そこで発生し得る手数料、上乗せ価格などについては、記事末尾の知識ボックス③で整理している。
では、Late StageのSpaceX投資は、どこに位置していたのか。 WSJによれば、SpaceXの親しい関係者や初期投資家の一部がSpaceX株を保有し、それらの株式を保有するSPVが存在していた。
バハマに拠点を置くCapital Truthは、そのSpaceX株を保有するSPVの持分を取得した。さらに、その持分を組み替えてLate Stageへ販売し、Late Stageの顧客はその先の投資用ビークルを通じてSpaceXへの投資エクスポージャーを持っていたと、WSJは裁判資料などを基に報じている。
実際の法的な保有関係を公開資料だけから完全に再現することはできない。ただ、WSJが報じた構造を概念的に単純化すれば、
Rupireddy
→ Late Stageのファンド/SPV
→ Capital Truthを介したSPV持分
→ SpaceX株を保有する上流SPV
→ SpaceX株式
という関係になる。
Late Stageの投資家は、SpaceX株を直接持つのではなく、複数のSPVなどを介してSpaceXへつながる多層構造で投資していた。
ここで、冒頭の疑問へ戻る。Rupireddyが経済的に求めていたのは、SpaceXの企業価値が上昇したときに、その値上がりへ参加することだった。その意味では、「SpaceX株2,500株相当の投資エクスポージャーを持つ」と表現することはできる。
しかし、WSJが報じた構造を見る限り、Rupireddy自身がSpaceX株2,500株を直接保有する株主だったわけではない。少なくともRupireddyが直接保有していたのはSpaceX株そのものではなく、複数の投資用ビークルを介してSpaceXへつながる投資持分だったと整理できる。
「SpaceXに投資している」という経済的な意味での投資エクスポージャーと、「SpaceX株を直接所有している」という法的な保有状態は同じではない。Late Stageのケースでは、その間に複数のSPVなどが存在していた。
欲しかったのはSpaceXの値上がり ―多層構造に伴う別のリスク
Rupireddyが投資したかったのは、Late Stage Managementという会社ではない。 欲しかったのは、SpaceXの企業価値が上昇したときに、その値上がりへ参加することだった。
同じことは、Linqtoを通じてRippleへ投資した人や、SPVを通じてAnthropicへ投資した人にも言えるだろう。
しかし、前章で見たように、投資先企業の株式までに複数のSPVや契約が入ると、最終的な投資成果は、投資先企業の値動きだけでは決まらなくなる。
A.売却判断を自分で決められないリスク ―SpaceXが値上がりしても、その上昇を享受できるとは限らない
Late Stageの事例では、この問題が最も分かりやすい形で表れた。
Rupireddyは、SpaceXがIPOするまで同社への投資エクスポージャーを持っていると認識していた。しかしIPO後、Late Stageから伝えられたのは、その投資持分は2024年にすでに売却していたという説明だった。
Rupireddyの認識では、IPO時点で30万ドルを超える価値になっていた。一方、Late Stageが説明した2024年の売却時点での価値は約4万5,450ドルだった。
SpaceXそのものは、その後も大きく価値を上げていた。しかし、その値上がりが、そのままRupireddyの投資成果になったわけではない。 投資先企業がいくら値上がりするかと、その値上がりを最終投資家がどこまで享受できるかは、別の問題である。
Late Stageの具体的な契約で、誰にどこまで売却権限があり、どの条件で投資家へ分配することになっていたのかは、公開資料だけでは確認できない。 未公開株を直接保有する場合でも、譲渡制限などによって自由に売却できるとは限らない。ただし、SPVを介する場合には、それに加えて、SPVやその上流の投資用ビークルがいつ投資先株式を売るのか、IPO後に株式をそのまま分配するのか、現金化して分配するのか、最終投資家にどこまで売却判断の権限があるのかといった契約や判断が間に入る。
SpaceXへの投資判断が正しくても、どの時点までSpaceXへの投資エクスポージャーを持ち続けられるかは、別に確認しなければならない。
B.取得価格の不透明さ ―投資家は、結局いくらで買っているのか
LinqtoのRipple事例では、別の問題が表れた。
投資先企業がどれほど有望でも、最終投資家がその投資エクスポージャーをどの価格で取得したかによって、投資収益は大きく変わる。 WSJによれば、LinqtoはRipple株を、自社が取得した価格より少なくとも60%高い価格で顧客へ販売していた。
これはLinqtoについてWSJが報じた個別の事例であり、一般的なSPVの上乗せ価格の水準を示すものではない。ただし、この事例は、投資先企業の株価だけを見ていても、最終投資家が実際にどの価格で投資したのかは分からないことを示している。
通常の手数料と上乗せ価格は別のものである。さらにSPVが別のSPVへ投資する場合には、複数のSPVで手数料が発生することもある。詳しい仕組みは知識ボックス③で整理している。
投資家が「SpaceXをいくらで買ったのか」を考えるには、SpaceX株そのものの取得価格だけでなく、自分の投資持分までの間にどのような手数料や上乗せ価格が入っているかを見る必要がある。
投資先企業の評価額が大きく上昇していても、投資エクスポージャーを高い価格で取得していれば、その分だけ最終投資家が得られる投資収益は小さくなる。 多層構造では、「どの会社に投資したか」だけでなく、「その会社への投資エクスポージャーを最終的にいくらで取得したか」も重要になる。
C.間接保有に伴うリスク ―SPVがあることと、資産が隔離されていることは同じではない
Linqtoでは、さらに所有関係そのものも問題になった。
Linqtoは500を超えるSPVなどの投資用ビークルを作り、個人投資家へ未公開企業への投資機会を提供していた。しかし、その後の内部調査や倒産手続きでは、投資先企業の株式が実際にどの法人へ移され、誰が法的に保有していたのかが論点になった。
ここで重要なのは、SPVという投資用ビークルが存在することと、そのSPVが投資先企業の株式を実際に保有していることは同じではないという点である。 SPVという名前が付いていることと、投資先株式がそのSPVに法的・実務的に分離されていることは同じではない。
適切に設立され、投資先株式が実際に移転・分離されているSPVであれば、SPVの資産は運営会社の財産とは区別され得る。そのため、Linqtoで起きた問題をSPV全般の問題として一般化することはできない。
一方で、最終投資家から見れば、SPVの名称だけでは十分ではない。自分が持つSPVの先で、投資先株式を誰が法的に保有し、運営会社の資産とどのように分けて管理しているのかによって、運営会社に問題が生じた場合の結果は変わり得る。
D.発行会社による譲渡承認のリスク ―投資エクスポージャーがあっても、基礎となる株式譲渡が認められるとは限らない
Anthropicの事例は、もう一つ別の問題を示している。
投資家がAnthropicへの投資エクスポージャーを取得したとしても、その投資経路の基礎となるAnthropic株式や株式持分の譲渡をAnthropic自身が有効と認め、株式を取得したSPVや譲受人を株主として扱うとは限らない。
Anthropicは、取締役会の承認を得ていないAnthropic株式や株式に対する持分の売買・譲渡を認めず、そうした取引を同社の株主名簿などの帳簿・記録上で認識しないとの立場を公表している。 未公開株では、発行会社による承認や譲渡制限が設けられている場合がある。詳しい仕組みは知識ボックス④で整理している。
投資エクスポージャーがあっても、その経路の基礎となる株式譲渡が、発行会社から有効なものとして認められているとは限らない。
これは、投資エクスポージャーの経済的な価値と、その基礎にある株式について発行会社から認められる法的な地位が必ずしも一致しないことを意味する。
Forward型では、SPVが現在の株式そのものではなく、将来売り手から株式を受け取る契約上の権利を持つ場合がある。その場合には、投資先企業が将来どれほど成長するかだけでなく、売り手がその時点でも株式を保有しているか、必要な承認を得られるか、契約どおり株式を受け渡せるかという取引先の信用・履行リスクも加わる。
ここまでの四つの論点に共通するのは、投資家が本来取りたかったリスクと、投資経路によって追加されるリスクが同じではないという点である。
投資家が欲しかったのは、SpaceX、Anthropic、Rippleなどの投資先企業への投資エクスポージャーだった。しかし、そのエクスポージャーを手に入れる経路によって、SPV運用会社の売却判断、取得価格や上乗せ価格、資産が適切に分離されているか、基礎となる株式譲渡を発行会社が有効と認めるか、売り手が契約を履行できるかといった、投資先企業とは別のリスクが加わる。
それでも、なぜ何層も離れたSPVまで買われたのか
前章で見たように、SPVを通じた未公開株投資では、投資先企業の値動きとは別のリスクが加わり得る。それでも、なぜ投資家はSpaceX株から何層も離れたSPVまで買ったのだろうか。
この問いを考えるには、投資家がSPVを買った時点の未公開市場へ戻る必要がある。
A.企業価値の上昇 ―価値上昇の大きな部分が、上場前に起きるようになった
SECのPaul Atkins委員長は2026年5月の講演で、IPO時の企業年齢の中央値が1990年代半ばには約8年だったのに対し、2025年には12年まで伸びたデータを紹介している。
未公開市場で大量の資金を調達できるようになり、企業がIPOを急ぐ必要は小さくなった。その間にも事業は成長し、SpaceX、OpenAI、Anthropicのように、上場前から巨大な企業価値を形成する企業が現れている。
SEC委員のHester Peirceも、企業が長く未公開のまま留まることで、公開市場の投資家は、過去なら上場後に参加できた可能性のある企業成長へ参加しにくくなると指摘している。
Stay Private Longerによって、有力企業の価値上昇の大きな部分が未公開段階で起きるようになった。
B.株主の現金化需要 ―企業が長く未公開でいるほど、現金化したい既存株主も増える
従業員、元従業員、創業者、初期投資家は、企業が成長すれば保有する未公開株の価値が上昇する。しかし、IPOやM&Aがなければ、その含み益を容易に現金化できるとは限らない。
そこで、既存株主が第三者へ株式を売却するセカンダリー取引や、会社が主導して既存株主から株式を買い取るテンダーオファーが、IPO前の現金化手段になる。
Cartaが把握する2025年のテンダーオファーだけでも、1万6,538人の従業員が保有株式を売却した。企業が長く未公開のまま留まることで、未公開段階での価値上昇と同時に、既存株主の現金化需要も蓄積する。売りたい人はいる。問題は、その株式を誰が買いたいのかである。
C.人気銘柄の集中 ―買い手が欲しかったのは「未公開株」ではなく、SpaceXやOpenAIだった
WSJによれば、未公開株セカンダリー・プラットフォームのHiiveでは、2025年第4四半期のセカンダリー取引額の86.4%を上位20社が占め、SpaceX、OpenAI、Anthropicなどを含む上位5社だけで55.6%を占めていた。
買い手が求めていたのは「未公開企業なら何でもよい」という投資機会ではなく、SpaceX、OpenAI、Anthropicなど一部の有力未公開企業へ投資する機会だった。
SpaceXはその象徴的な例である。WSJによれば、金融関係者はSpaceX株に紐づくSPVだけで少なくとも1,000存在すると推計していた。正確な数は分からないものの、一つの会社の株式をめぐって、それほど多数のSPVが存在すると見られていた。なぜ、そこまで多くのSPVが生まれたのだろうか。
D.投資機会への渇望 ―希少だったのは、「SpaceXへ入るaccess」だったのではないか
ここからは筆者の推察になる。
売り手となる既存株主はいる。一方、買い手の需要はSpaceX、OpenAI、Anthropicなど一部の企業へ集中している。しかし、未公開企業は株式譲渡を制限し、新たな資金調達でも投資家を選ぶため、投資したい人がその株式を直接買えるとは限らない。
巨大ユニコーン企業の価値上昇が未公開段階で起きるようになった一方、その株式へ直接投資する機会は限られていた。だから、「その会社へ投資できること」自体に価値がつき、複数のSPVなどを介する商品にも資金が向かうほどの需要が生まれたのではないだろうか。
投資機会へのaccessという点だけを見れば、SpaceX株へ直接投資できる投資家が、何層ものSPVを介する必要はない。 直接投資する機会が限られるなかでは、SpaceX株そのものだけでなく、その株式を保有するSPV、そのSPVの持分、さらにその持分を保有する別のSPVまでが、投資家にとってSpaceXへ投資するための入口になっていたと考えられる。
こうして、「SpaceXへつながる投資機会(access)」そのものが取引対象になったと見ることができる。これは、単に投資家が複雑な商品を十分理解せずに買った、というだけでは説明しにくい。SpaceX、OpenAI、Anthropicへの投資需要が弱ければ、複数のSPVを介し、追加的な手数料やリスクを負ってまで投資する市場は成立しにくい。
逆に、直接投資する機会が限られる一方で、「それでもこの会社へ投資したい」という需要が十分に強ければ、投資家が受け入れる投資経路は複雑になり得る。
SpaceXやOpenAIなどへの投資需要があまりに強かったため、投資先株式から何層も離れ、所有関係や権利関係が複雑になるSPV経由の商品にまで資金が向かったのではないか。
SPVそのものが問題なのではない。SPVには、複数投資家の資金をまとめたり、発行会社の株主名簿を過度に複雑にせず投資したりする合理的な用途がある。
問題があるとすればSPVという名称ではなく、その先に何があり、何層あり、誰が株式を保有し、どの価格で取得し、最終投資家がどの権利を持っているのかである。
若手金融マンへの示唆 ―投資先について正しくても、投資経路で結果は変わる
Late StageのSpaceX投資家は、SpaceXの企業価値が上昇するという投資判断自体は、正しかったのかもしれない。 実際、Rupireddyが投資した2020年以降、SpaceXの企業価値は大きく上昇した。
それでも、Rupireddyが最終的に得られると考えていた価値と、Late Stageが説明した売却価値には大きな差が生じた。問題になったのは、SpaceXが良い会社だったか、企業価値が上昇したかのみではない。そのSpaceXへ、どのような投資経路でつながっていたのかであった。
この点は、未公開株のニュースを見るときに少し興味深い視点を与えてくれる。 SpaceXやOpenAIのような企業へ「投資できる」という話を聞けば、まずその企業の成長性や評価額に目が向くのは自然である。しかも、直接投資する機会が限られ、その投資機会自体が希少になればなるほど、投資先企業の魅力はさらに前面に出てくる。
なお、ここでいう「個人投資家」は、誰でも参加できる一般の個人投資家全体を意味するわけではない。米国の私募では、適格投資家(Accredited Investor)に限定されることが多く、一定の資産・所得・資格要件を満たす必要がある。一方で、最低投資額は数千ドルまで下がる場合もある。つまり、未公開企業への投資機会は個人にも広がっているが、それは「誰でもSpaceXを買える」という意味ではない。 詳しくは知識ボックス⑤で整理している。
一方で、「SpaceXへ投資する」という経済的な話と、自分が法的に何を所有し、誰が投資先株式を保有し、誰が売却を決め、どの価格と手数料を経て自分まで届くのかという話は別である。 希少な投資機会ほど、前者に意識が向き、後者のリスクは見えにくくなるのかもしれない。
今回の事例は、複雑なSPVを避けるべきだという話ではない。SPVには合理的な用途があり、未公開株への投資機会を広げる役割もある。
今回の事例は、「SpaceXに投資できる」という商品名だけでなく、自分が法的には何を所有しているのかまで見ることの意味を考えさせる事例だった。投資先企業への投資判断に自信がある時ほど、その商品に付随する別のリスクを冷静に見る必要があるのだと思う。
知識ボックス
① Late Stage Management/SpaceXで何が起きたのか
Ram Rupireddyは2020年、Late Stage Managementを通じて複数の未公開企業投資へ参加した。そのうちSpaceXへの投資持分を持つファンドには1万7,250ドルを投資した。Rupireddyは当時、SpaceXの評価額を約580億ドルと見積もっていたという。
Late Stageが提供していたのはSpaceX株そのものではなく、SpaceX株へ間接的につながるSPVなどを通じた投資機会だった。
Rupireddyは、その後も投資家向けポータルや税務書類などを通じて、SpaceXへの投資持分を保有していると認識していた。2026年5月時点のポータルと2025年の税務書類では、株式分割前のSpaceX株500株相当の保有持分が示されており、5対1の株式分割後では2,500株相当になると考えていた。
SpaceXが2026年6月にIPOすると、RupireddyはIPO価格を基に、自らのSpaceXへの投資持分を30万ドル超と計算した。
ところがIPO後、Late Stageの投資家向けポータルへアクセスできなくなった。Rupireddyが確認を求めたところ、Late Stageは、SpaceXへの投資持分は2024年にすでに売却されていたと説明した。
Late Stageの説明では、売却価格は株式分割前で1株約105ドルであり、Rupireddyの投資持分の価値は約4万5,450ドルだった。RupireddyがIPO時点まで保有していると認識していた投資持分と、Late Stageが説明した売却時期には大きな食い違いがあった。
RupireddyはSECへ苦情を提出した。また、同様の状況にある投資家が100人を超えると考えているとWSJに話している。Late Stageは、WSJからの繰り返しの取材要請にコメントしなかった。
なお、Late Stageの3人の幹部は2026年3月、投資家に対する非開示の上乗せ価格や手数料をめぐる別の詐欺事件で有罪答弁している。
ただし、今回のSpaceXのIPO前投資持分をめぐる問題は、その刑事事件に含まれていないと被告側弁護士はWSJに説明している。したがって、両者は区別する必要がある。
② Linqtoで何が起きたのか
Linqtoは、Ripple、SpaceXなどの有力未公開企業への投資機会を個人投資家へ広げることを掲げて事業を拡大した。
同社は500を超えるSPVなどの投資用ビークルを作り、顧客はそれらを通じて未公開企業への投資エクスポージャーを取得する仕組みだった。
価格設定について、WSJはRipple株の事例を報じている。LinqtoはRipple株を、自社の取得価格より少なくとも60%高い価格で約1万1,000人の利用者へ販売していたという。WSJは、この上乗せ価格が顧客へ十分に開示されていなかったと報じている。
販売手法について、WSJが確認した社内資料には、FOMO(取り残される恐怖)を意識した販売施策が記されていた。WSJによれば、経営陣は特定日に広告、SNS、電話営業などを集中させる販売施策を行い、未公開株の価格上昇や希少性を顧客の追加購入につなげようとしていた。
2025年に経営陣が交代すると、新経営陣は過去の事業運営について内部調査を開始した。調査では、証券法令の順守、投資家の適格性、価格設定、顧客が購入したと考えていた証券の所有関係などが問題となった。SECなど当局による調査も進んだ。
Linqtoは2025年7月、米連邦破産法Chapter 11の適用を申請した。Reutersによれば、新経営陣による内部調査では、会社の法人構造や顧客資産の所有関係に重大な問題が見つかっていた。
SECへ提出されたLinqto Capitalの財務諸表では、関連会社Liquidsharesが未公開企業の証券を主にセカンダリー市場で購入し、その証券に対する経済的な持分をSeriesと呼ばれる投資用ビークルへ割り当て、顧客がそのSeriesの持分を購入する仕組みだったと説明されている。
倒産手続きや内部調査では、投資用ビークルの設立や資産の帰属、価格の開示、投資家の適格性、証券法令の順守など、複数の論点が扱われた。
③ SPVを通じた未公開株投資は、どのような構造とコストになるのか
SPVを通じた未公開株投資には、複数の構造がある。
A.直接SPV型
投資家 → SPV → 投資先企業株式 SPVが特定の未公開企業の株式を取得し、投資家がそのSPVの持分を保有する形である。 この場合、投資家自身が投資先企業株式を直接保有するのではなく、SPVが株式を保有し、投資家はSPVに対する持分を持つ。
B.SPV-on-SPV型
投資家 → SPV A → SPV B → 投資先企業株式 最終投資家が参加するSPVが投資先企業株式を直接保有せず、別のSPVの持分を保有する場合がある。この構造では、投資家と投資先企業株式の間に複数の投資用ビークルが入る。 Late Stageの事例でも、複数のSPVなどが介在する多層構造が報じられている。 公開資料だけから実際の法的な保有関係を完全に再現できるわけではないため、特定の類型に厳密に分類することは避ける必要がある。
C.Forward型
投資家 → SPV → Forward Agreement → 売り手 → 将来の投資先企業株式 Forward Agreementには複数の形がある。 ここで扱う将来受渡型のForwardでは、売り手が株式の法的所有権を当面維持し、契約で定めた将来の時点や事象が到来し、必要な条件が整った後に株式を受け渡す。 そのため、投資家の経済的な投資エクスポージャーは投資先企業へ向いていても、SPVが法的に保有しているのは、売り手に対する契約上の権利である場合がある。 このような契約では、売り手が将来も株式を保有しているか、必要な発行会社の承認を得られるか、契約どおり株式を受け渡せるかといった、売り手の信用・履行リスクも加わり得る。 過去には、株式そのものを直接移転せず、未公開企業株式の経済的な値動きへ連動する契約を使った取引も行われている。SECは2016年のEquidate事例で、こうした契約が発行会社の譲渡制限や通知義務を直接発動させないことを意図して使われていたと認定している。
手数料と上乗せ価格は別のもの
SPVを通じた投資では、案件によって、
- 仲介・販売等の手数料
- 管理手数料
- 成功報酬
などが発生することがある。
これらの手数料と、上乗せ価格は同じものではない。上乗せ価格とは、投資用ビークルや仲介者が投資先株式や投資持分を取得した価格と、最終投資家へ販売する価格との差である。 したがって、明示されている管理手数料や仲介手数料が低くても、取得価格に対して大きな上乗せ価格が設定されていれば、最終投資家の実質的な取得価格は高くなる。
また、投資家 → SPV A → SPV B → 投資先企業株式というSPV-on-SPV型では、それぞれの投資用ビークルで手数料が発生し、最終的な投資収益へ影響する可能性がある。EquityZenも、SPVが別のSPVへ投資する場合には複数層の手数料が発生し得ると説明している。
なお、Linqtoで報じられた60%以上の上乗せ価格はLinqto固有の事例であり、SPV一般の上乗せ価格の水準を示すものではない。
④ 未公開株は、なぜ自由に売れないのか
上場株式と異なり、未公開企業の株式には、誰が新たな株主になるかを会社側が管理するための譲渡制限が設定されていることがある。デラウェア州会社法でも、一定の要件を満たす株式の譲渡制限を会社の定款、附属定款、株主間契約などに定めることが認められている。
先買権(ROFR: Right of First Refusal)
代表的な仕組みの一つが先買権である。既存株主が第三者へ株式を売ろうとした際、会社や既存株主などに対して、同じ条件で先に購入する機会を与える。そのため、売り手と外部の買い手が価格に合意しても、そのまま株式譲渡が完了するとは限らない。デラウェア州会社法も、会社や他の株主などへ事前の取得機会を与える譲渡制限を認めている。
取締役会・会社による承認
株式を第三者へ譲渡する際、会社や取締役会の承認を必要とする場合もある。デラウェア州会社法では、会社や既存株主による譲渡への同意、または譲受人の承認を求める制限も認められている。
Anthropicの場合
Anthropicは現在、普通株式・優先株式の双方に譲渡制限があると説明している。 同社は、取締役会の承認を得ていないAnthropic株式、またはAnthropic株式に対する持分の売買・譲渡は無効であり、同社の株主名簿などの帳簿・記録上で認識しないとの立場を公表している。また、SPVによるAnthropic株式の取得も認めないとしている。 これは、Anthropicが自社の譲渡制限について示している会社側の立場である。
ただし、発行会社が未承認の株式譲渡を株主名簿上で認めないことと、第三者間で成立したSPV持分や経済的な契約そのものが当然に消滅することは同じ問題ではない。 株式譲渡に対する会社側の権利と、投資家、SPV、売り手などの間で締結された別の契約の効力は、法的には異なる論点になり得る。 その契約の有効性や救済方法は、発行会社の規程や契約内容、取引時点などによって異なり得る。
⑤ Accredited Investorとは何か ―「個人投資家」とは誰なのか
米国で未公開企業への投資機会が「個人投資家」に広がっているといっても、誰でも自由に参加できるわけではない。
多くの私募では、投資家を適格投資家(Accredited Investor)に限定している。 SECの現在の基準では、個人の場合、代表的には次のような条件がある。
- 純資産が100万ドルを超える。 本人単独または配偶者等との合算で判定し、主たる住居の価値は原則として除外する。
- 過去2年間の個人所得が各年20万ドルを超え、当年も同水準が見込まれる。 配偶者等との合算所得では各年30万ドルが基準となる。
- Series 7、Series 65、Series 82など、SECが指定する一定の専門資格を有効な状態で保有する。
このほかにも、私募ファンドの一定の従業員(knowledgeable employee)など、別の資格要件がある。したがって、未公開企業のSPVへ投資する「個人投資家」は、一般的な個人投資家全体と同義ではない。
一方、Accredited Investor向けの商品であっても、一回当たりの最低投資額が非常に大きいとは限らない。例えばEquityZenでは、2026年時点の標準的な最低投資額は1万ドルだが、一部の案件では5,000ドルから投資できるとしている。
ここで重要なのは、最低投資額とAccredited Investorの資格要件は別の問題だということである。最低投資額が5,000ドルの商品であっても、その私募がAccredited Investorを対象としているのであれば、投資家は別途その資格要件を満たす必要がある。EquityZenも未公開株投資への参加者をAccredited Investorとしている。
したがって、記事中で比較的小さな金額を投資した個人が登場しても、その投資額だけからAccredited Investorであったかどうかを判断することはできない。
(編集部より)
あわせて読むと理解が深まる記事
参照記事
2026年8月5日 The Wall Street Journal
“The Investors Whose SpaceX Shares Vanished Before They Could Cash In.”
https://www.wsj.com/finance/stocks/spacex-ipo-spv-investors-2698a174
2025年6月30日 The Wall Street Journal
“A Hot New Firm Opened the Private Market to the Little Guy. Now It Is in Big Trouble.”
https://www.wsj.com/finance/investing/linqto-private-shares-retail-investors-380a1b9a
2026年5月15日 The Wall Street Journal
“So You Think You Own Shares in a Hot Startup? Anthropic Says Not So Fast.”
https://www.wsj.com/finance/investing/so-you-think-you-own-shares-in-a-hot-startup-anthropic-says-not-so-fast-7b60f938
2026年5月19日 The Wall Street Journal
“Want a Hot Pre-IPO Company in Your Portfolio? Proceed With Caution”
https://www.wsj.com/finance/investing/private-company-stock-what-to-know-fdf67ed2
2026年3月31日 The Wall Street Journal
“Startup Raises $2 Million to Expand Secondary Market in Venture Capital”
https://www.wsj.com/articles/startup-raises-2-million-to-expand-secondary-market-in-venture-capital-546fd3e8
※本稿は、米国の金融コラム・業界記事を素材に、背景となる考え方や論点を整理することを目的とした考察です。本文中で紹介している参照記事には、有料媒体のものも含まれています。 本稿は生成AIを活用して下書き・構成整理を行い、筆者が検証・加筆修正の上で公開しています。
