―ジーニアス法で未決着だったリワード規制を巡る、銀行・暗号資産業界・議会の攻防
2026年9月15日、米国の暗号資産市場に包括的な規制枠組みを導入するクラリティ法案(CLARITY Act)案は、上院で審議を前進させるために必要な60票を獲得できなかった。採決結果は賛成49票、反対50票。法案そのものが最終否決されたわけではないが、数か月にわたる超党派交渉は、大きな行き詰まりを迎えた。
その経緯を報じたWall Street Journal(WSJ)の記事では、米国の大手暗号資産取引所Coinbaseの共同創業者兼CEO、Brian Armstrongが、交渉の中心人物として描かれている。
Armstrongは暗号資産の法制化を積極的に推進してきた人物である。しかし、2026年1月には当時の上院案への支持を撤回した。WSJは、同氏が法案を巡る交渉で議員や銀行業界と摩擦を生んだ経緯を報じている。
争点の一つは、ステーブルコインの保有者に支払うリワード(rewards)であった。この問題は前年の2025年7月に成立したジーニアス法(GENIUS Act)でも議論されていた。同法はステーブルコイン発行体による利払いを禁止したが、発行体ではない事業者によるリワードを同じ形で包括的に禁止するものではなかった。
なぜ、ステーブルコインの発行体ではないCoinbaseが、リワード規制にこれほど強くこだわったのか。そして、ジーニアス法の成立前から認識されていた第三者リワードの問題は、なぜ決着しなかったのか。
本稿では、二つの法案を巡る議会と業界の攻防を整理し、その背景を考察したい。
記事紹介
2026年9月20日付のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の記事”Crypto Blew Its Big Moment—and the Blame Game Has Begun”は、クラリティ法案(CLARITY Act)を巡る交渉を、暗号資産業界の有力な政治的交渉者となったCoinbaseの共同創業者兼CEO、Brian Armstrongを中心に描いている。
Armstrongは2024年、民主・共和両党への政治資金集めや献金を通じて、暗号資産業界の政治的な影響力の拡大に関わった。2025年にはジーニアス法の成立に向けて議員への働きかけを重ね、WSJが「パワーブローカー」と表現する地位を築いた。2024年11月の大統領選挙から2026年9月の上院採決までに13回ワシントンを訪問し、同社のロビー活動チームも業界関係者と頻繁に戦略を協議していた。
WSJは、Armstrongが暗号資産業界の事実上の代表として、クラリティ法案の交渉に大きな影響力を持つようになったと報じている。 交渉関係者の中には、同氏が受け入れられない条項を事実上阻止できるほどの影響力を持っていたと評価する者もいた。
一方、銀行業界にとって、クラリティ法案はステーブルコインのリワード(rewards)に対する規制を拡張する新たな機会でもあったと、WSJは描いている。ジーニアス法(GENIUS Act)には、発行体自身による一定の利払いを禁止する規定が盛り込まれたが、銀行側は、提携先の事業者を通じたリワードについても禁止対象に加えることを求めていた。銀行業界の関係者は、こうした仕組みによって預金が大量に流出すれば、銀行の融資能力が損なわれかねないと主張していた。
その代表例が、USDCの発行体CircleとCoinbaseの関係である。CoinbaseはCircleとの収益分配契約によって収入を得る一方、自社の顧客にはUSDCの保有に対するリワードを提供していた。WSJは、当時Coinbaseが年率3.75%のリワードを提示していたことも紹介している。
こうした対立のなか、2026年1月、Armstrongは法案交渉の中心人物の一人である民主党のAngela Alsobrooks上院議員に、約3分間の音声メッセージを残したという。WSJが取材した関係者によれば、Armstrongはリワードを制限しかねない修正について、同議員に強い調子で意見を伝えたという。一方、Alsobrooks議員の広報担当者はArmstrongらとの対話を前向きで生産的だったと説明し、Coinbaseも議員に対する無礼な態度という人物描写には反論している。
Armstrongは1月14日に当時の上院案への支持を撤回し、翌日に予定されていた上院銀行委員会での審議は延期された。 Coinbaseは、法案には複数の問題があり、支持撤回は暗号資産業界全体の利益に沿った判断だったと説明している。
その後、共和党のThom Tillis議員と民主党のAlsobrooks議員による妥協案がまとまり、Armstrongも5月にはこれを受け入れた。しかし、銀行業界は規制が不十分だと主張した。
6月下旬には、共和党側が民主党側へ新たな妥協案を提示し、民主党側が多くの提案を受け入れる姿勢を見せたものの、Armstrongが一部に異議を唱え、再び調整が必要になったとWSJは報じている。こうした交渉姿勢について、議会関係者や暗号資産業界内にも不満が生じたという。法案成立を支持していたRippleのCEO、Brad Garlinghouseは、業界内の一部の行動が、それまでの法制化の勢いを損なったとの見方を示した。一方、Coinbaseは、業界の合意を維持し法案を前進させるために、繰り返し妥協してきたと説明している。
さらに、トランプ大統領とその家族の暗号資産事業から得られた巨額の収入が明らかになると、利益相反への懸念が民主党側の重要な争点となった。倫理規定を巡る対立も続くなか、9月15日の上院採決では、法案を前進させるために必要な票数を確保できなかったとWSJは報じている。
Armstrongは採決後、最終案は初期案より改善されたとの認識を示し、自らの交渉への関与を肯定したとWSJは報じている。
制度と立法の背景
A.なぜ二つの法案が並行して検討され、ジーニアス法が先に成立したのか
2025年7月18日に成立したジーニアス法は、米ドルなどの法定通貨に価値を連動させる決済用ステーブルコインについて、米国で連邦レベルの規制枠組みを設ける法律である。
同法は、決済用ステーブルコインを発行できる事業者を定め、原則として発行残高と同額以上の適格な準備資産を維持することや、償還、情報開示、監督などの要件を定めた。また、発行体自身が、ステーブルコインの保有などのみを理由として、保有者に利息や利回りを支払うことを禁じる規定も設けた。ステーブルコインの一般的な仕組みについては、末尾の「知識ボックス①」で整理している。
一方、同じ時期には、暗号資産市場全体を対象とするクラリティ法案の立法作業も進んでいた。 両者が必要だったのは、規制しようとする対象が異なるからである。
ジーニアス法が主として扱うのは、決済用ステーブルコインを誰が発行し、その価値をどのような資産で裏付け、保有者からの償還請求にどう応えるかという問題である。
これに対し、クラリティ法案は、デジタル資産をどのように分類するのか、SECとCFTCのどちらが監督するのか、取引・仲介・保管を担う事業者にどのような規制を適用するのかなど、暗号資産市場全体の構造を扱おうとするものであった。デジタル資産の種類と、それを扱う事業者の役割については、末尾の「知識ボックス②」で整理している。
例えば、あるデジタル資産がどの法律のもとで扱われるかが定まらなければ、それを取り扱う取引所や仲介事業者に必要な登録、情報開示、顧客保護のルールも定まりにくい。決済用ステーブルコインの発行体を制度化するだけでは、暗号資産市場全体の法的な不確実性は解消されない。
2025年5月1日、共和党のBill Hagerty上院議員らがジーニアス法案(S.1582)を上院に提出した。5月29日には、共和党のFrench Hill下院議員、G.T. Thompson下院議員らが、民主党議員も共同提案者に加わったクラリティ法案(H.R.3633)を下院に提出した。両法案の立法作業は、並行して進められていた。
クラリティ法案は7月17日に下院を通過し、上院でも7月22日、下院のクラリティ法案を土台とする市場構造法案の初期検討案が公表された。一方、先に成立したのはジーニアス法であり、クラリティ法案の下院通過翌日の2025年7月18日に成立していた。
ジーニアス法は、決済用ステーブルコインという限定された対象について、発行体、準備資産、償還、監督という規制の骨格を作るものであった。金融技術の革新や米国の競争力を重視する議員、消費者保護や金融犯罪対策を重視する議員など、政策上の優先順位には違いがあっても、既に利用が広がっていた決済用ステーブルコインを連邦規制の下に置くことでは、超党派の合意を形成する余地があった。上院銀行委員会も、ジーニアス法を数か月にわたる超党派交渉の結果と説明している。
これに対し、クラリティ法案では、資産の分類、規制当局の権限分担、取引・仲介・保管を担う多様な事業者など、より多くの論点と利害関係者を調整する必要があった。
二つの法案は並行して検討されていたが、規制対象を決済用ステーブルコインに絞ったジーニアス法の方が、暗号資産市場全体の制度設計を目指すクラリティ法案よりも、超党派で合意できる範囲を形成しやすかったと考えられる。
ただし、そのジーニアス法でも決着しなかった問題がある。 発行体自身による利払いを禁止したとして、発行体ではない企業がステーブルコインの保有者にリワードを提供する場合は、どこまで規制するべきなのかという問題である。
B.なぜ第三者リワードはジーニアス法で決着しなかったのか
ジーニアス法は、ステーブルコインの発行体自身による利払いを禁止する規定を設けた。一方、USDCの発行体ではないCoinbaseは、Circleから収益分配を受け、自社の顧客にリワードを提供していた。
利用者から見れば、発行体とプラットフォームのどちらが支払っても、保有資金に対して似た経済的効果のあるリターンを得られる。しかし、ジーニアス法では、支払主体によって利払い禁止規定の適用が異なる。発行体自身による利払いを禁止する一方、第三者によるリワードをどこまで規制するのか。これが、銀行業界と暗号資産業界の対立の中心だった。リワードの種類や支払主体による違いについては、末尾の「知識ボックス③」で整理している。
こうした第三者リワードの存在は、ジーニアス法の成立後に初めて明らかになったものではない。CoinbaseによるUSDCリワードやCircleとの収益分配の仕組みは以前から存在しており、立法過程でも第三者によるリワードは具体的に認識されていた。2025年5~6月の上院銀行委員会民主党スタッフによる分析ではCircleとCoinbaseの関係が取り上げられ、禁止対象を発行体以外にも広げようとする修正案も提出された。
銀行業界も、成立前から禁止対象の拡張を求めていた。つまり、第三者リワードは見落とされて残った問題ではなかった。
それでも、最終的なジーニアス法は、発行体自身による利払いを禁止する一方、第三者によるリワードを同じ形で包括的に禁止する法律にはならなかった。
その背景を考えるうえで参考になるのが、当時の上院銀行委員会共和党側の説明である。 2025年5月、共和党のTim Scott議員が委員長を務める上院銀行委員会の共和党側は、決済用ステーブルコインを銀行の貸出・信用商品と区別したうえで、類似する利回り商品について実効的な法的枠組みを作るには、別の立法が必要だと説明していた。
ジーニアス法の成立後も、この問題は消えなかった。上院銀行委員会が2025年7月に公表した市場構造法案の意見募集では、デジタル資産サービス提供事業者がステーブルコインなどに対して提供するリワードを制限・禁止すべきかが、検討項目の一つとして示された。
交渉の背景については、2025年9月3日付WIREDのAdam Willemsによる“The Loophole Turning Stablecoins Into a Trillion-Dollar Fight”も参考になる。
同記事では、元Blockchain AssociationのロビイストRon Hammondが、発行体による利払いを禁止する一方、暗号資産取引所による顧客への金銭的な誘因には一定の余地を残した条文について、交渉による妥協だったと説明している。Digital ChamberのCody Carboneも、銀行業界と暗号資産業界が参加した議論の結果として最終的な条文が形成されたとの見方を示している。これらは議会全体の意図を示すものではなく、交渉に関わった業界側からの説明である。
こうした事実を踏まえると、ジーニアス法では、発行体の制度整備について合意を形成する一方、第三者リワードをどこまで規制するかという対立までは解消できなかった可能性があると筆者は考える。
発行体自身による利払いを禁止することと、発行体ではない企業によるあらゆるリワードを禁止することでは、規制対象も、事業への影響も異なる。後者まで一体的に決着させようとすれば、銀行業界と暗号資産業界の利害対立を、ジーニアス法の段階でさらに広く調整する必要があった。 そして並行して進められていたクラリティ法案の上院審議では、この境界が改めて、銀行業界と暗号資産業界の重要な争点となっていった。
双方の主張と法案の推移
A.銀行と暗号資産業界は、何を議員に訴えたのか
ジーニアス法で未決着だった第三者リワードを巡り、銀行業界が訴えたのは、預金流出と地域経済への信用供給への影響である。
米国銀行協会(ABA)、独立系地域銀行協会(ICBA)、銀行政策研究所(BPI)などは、ステーブルコインの保有によって銀行預金に近い利回りを得られるようになれば、利用者が預金を銀行から移す可能性があると主張した。特に地域銀行では、預金が中小企業、農業、家計への融資を支えており、その流出は地域の信用供給を弱めかねないと訴えた。
銀行側が問題視したのは、単純保有に対するリワードだけではない。決済や取引に応じた報酬という形式でも、保有残高や期間によって金額が決まる場合には、預金利息に近い経済的効果が生じ得ると主張した。銀行団体は、こうした報酬にも規制が及ぶよう、発行体以外の関連会社やプラットフォーム企業への禁止対象の拡張を求めた。
一方、Coinbaseは、ステーブルコイン発行体による利払いと、独立したプラットフォーム企業が顧客に提供するリワードを区別する立場だった。発行体への規制を理由に、正当な決済や取引などに応じた顧客向けの報酬まで広く禁止すべきではないと主張した。
ただし、暗号資産業界全体がCoinbaseと同じ交渉方針を取っていたわけではない。法案の成立を重視する企業もあり、リワードを巡る交渉が長引くことについて、業界内でも異なる意見が示された。
銀行側が預金利息に似た経済的効果を持つ報酬の規制を求めたのに対し、Coinbase側はプラットフォーム上の利用活動に対するリワードを維持することを重視した。第三者リワードをどこまで禁止するのかが、両者の争点となった。
B.クラリティ法案は、どのような経緯で前進できなくなったのか
1月12日に公表された上院案は、ステーブルコインの単純保有に対する利回りを制限しながら、決済や取引などに伴う一定の報酬を認める方向だった。Armstrongは14日、リワードに加え、トークン化された株式や分散型金融(DeFi)など複数の規定に反対して支持を撤回し、翌日に予定されていた委員会審議は延期された。
その後、共和党のThom Tillis議員と民主党のAngela Alsobrooks議員らによる交渉が進み、5月には、銀行預金と経済的・機能的に同等の利回りを制限する一方、真正な利用活動に基づくリワードには一定の余地を残す妥協案がまとまった。Coinbaseはこれを受け入れたが、銀行5団体は、預金利息に似た報酬をなお提供できるとして追加修正を求めた。
Coinbaseは5月の妥協案を受け入れ、14日には上院銀行委員会が賛成15票、反対9票で法案を承認した。しかし、銀行業界との規制範囲を巡る対立は残った。
委員会承認後も、交渉は続いた。WSJが取材した関係者によれば、6月下旬には共和党側が民主党側へ提示した追加妥協案について、Armstrongが一部に異議を唱え、再調整が必要になったという。
さらに、トランプ大統領とその家族の暗号資産事業を巡る利益相反が、民主党側の重要な争点となった。法案の成立を支持してきた議員の間でも、倫理規定や消費者保護、金融犯罪対策について、なお調整が続いていた。
9月14日に共和党側が公表した修正案には、地域銀行への重大な悪影響が認定された場合に追加規制を可能にする仕組みや、新たな倫理規定が盛り込まれた。しかし銀行団体は、預金流出が問題となった後の対応では不十分だとして反対を続けた。一方、民主党のMark Warner議員は、翌日の採決で、トランプ大統領らの利益相反に対する倫理規定が不十分であることを、反対理由として明示している。
9月15日、上院はクラリティ法案の審議入り動議に関する討論終結を賛成49票、反対50票で否決した。必要な60票を確保できず、法案はこの段階で前進できなくなった。
銀行業界とのリワード規制を巡る対立が解消されない間に、トランプ大統領とその家族の利益相反を巡る倫理規定など、別の政治的争点も重なった。9月の上院採決では、法案を前進させるために必要な超党派の支持を確保できなかった。
銀行と暗号資産企業は、何を守ろうとしていたのか
A.銀行業界は、なぜ地域金融を前面に出したのか
銀行業界が第三者リワードの規制強化を求めた背景には、預金や顧客関係を巡る競争に加え、銀行とプラットフォーム企業の規制負担の違いがあったと考えられる。
銀行は、預金保険料を負担し、自己資本規制、流動性規制、継続的な監督などに対応しながら預金を集め、貸出などを通じて収益を得ている。一方、Coinbaseのようなプラットフォーム企業は、発行体から受け取る収益の一部を顧客へのリワードに充てることができる。両者は事業内容も適用される規制も異なるが、顧客の資金を獲得する局面では競合し得る。銀行業界も、こうした競争条件の違いを公に問題視している。
銀行側から見れば、預金者保護のための規制コストを負担しながら預金金利を提示しているのに対し、異なる規制の下にあるプラットフォーム企業が、ステーブルコインのリワードを通じて同じ顧客資金を獲得できることが、競争上の問題となる。
その影響は、銀行によって異なる。大手銀行には比較的多様な資金調達手段がある一方、地域銀行にとって安定した小口預金は、地域の家計や企業への貸出を支える重要な資金調達基盤である。ステーブルコインへの資金移動が銀行システム全体の預金を同額減らさなくても、地域銀行が預金を失えば、その銀行の調達コストや貸出余力に影響する可能性がある。
銀行業界は、こうした問題を地域金融への影響として議員に訴えた。実際、ABAなどの銀行団体は、第三者リワードの拡大が預金流出を招き、中小企業や農業、住宅向けの融資に影響する可能性を主張している。
筆者は、銀行業界が預金と顧客関係を巡る競争上の利害や規制コストへの懸念を、地域金融と信用供給を守るという公共政策上の論拠に結び付け、議員への働きかけに用いたのではないかと考える。
B.なぜプラットフォーム企業は、リワードにこだわるのか
CircleとCoinbaseは、USDCの普及という共通の利益を持ちながら、収益を得る仕組みは異なる。
2025年、Circleの準備資産収益は約26.37億ドルだった。一方、同社はCoinbaseとの契約に関連して、約14億ドルの流通費用を負担している。これは準備資産収益の約半分に相当する金額であり、CoinbaseがUSDCの流通において、いかに大きな経済的役割を担っているかを示している。
Coinbase自身の2025年のステーブルコイン収入は約13.49億ドル、顧客へのUSDCリワード費用は約4.41億ドルだった。リワード費用の約3倍に相当するステーブルコイン収入を計上しており、両者の単純差額は約9.07億ドルに達する。ただし、この差額は他の費用を控除した事業利益でも、リワード規制によって失われる利益額でもない。
Coinbaseの収益は、自社プラットフォーム上のUSDC残高だけでなく、より広いUSDCの流通からも生じる。一方、同社の年次報告書は、自社でUSDCを保有する顧客が取引などの他のサービスも利用する傾向を確認している。
ここから筆者は、リワードがCoinbaseにとって単なる販促費ではなく、既に年間約13.5億ドルの収入を生み出しているステーブルコイン事業を維持・拡大するための重要な手段になっているのではないかと考える。
リワードの提供が制限されれば、同社は顧客への支払費用を減らせる反面、自社プラットフォーム上のUSDC残高や、そこから得られる収益が減少する可能性がある。さらに、他の取引サービスへの波及も考慮すれば、その影響はリワード費用の削減だけでは判断できない。
Coinbaseにとっての争点は、約4.4億ドルのリワード費用を支払い続けられるかどうかではなく、それによって支えられている既存の大きな収入基盤を、規制後も維持できるかどうかだったのではないか。
この収益構造の違いは、Coinbaseがリワード規制を巡る交渉の前面に立った経済的背景を考える一つの手掛かりになる。
C.なぜArmstrongは、自ら推進してきた法案への支持を撤回したのか
Armstrongは2026年1月14日、当時の上院案について、トークン化された株式の事実上の禁止、DeFiへの制限と金融情報のプライバシー、SECとCFTCの権限分担、ステーブルコインのリワード規制という四つの問題を挙げ、支持を撤回した。
その後、5月には、銀行預金と同等の利回りを禁止する一方、真正な決済・取引などの活動に基づくリワードを認める妥協案がまとまった。残高や保有期間を報酬計算に使用する余地も残され、Coinbaseは妥協案を受け入れた。Armstrongは、トークン化、DeFi、CFTCの権限についても、1月の案から改善されたと説明している。
クラリティ法案によって暗号資産市場のルールが明確になれば、Coinbaseにとっては、新しい商品やサービスを展開するうえでの法的な不確実性を減らせる可能性がある。しかし、それによって将来どの程度の増収が実現するのかは、法案の内容と実際の事業展開に左右される。
一方、Bで見たように、Coinbaseは既にステーブルコイン事業から年間約13.5億ドルの収入を得ており、リワードは、その収入を支える顧客基盤を維持するための重要な手段と考えられる。
筆者は、Armstrongが当時の法案について、制度整備によって将来得られる利益よりも、リワードを制限されることで既存事業に生じる不利益の方が大きいと判断したのではないかと考える。
この仮説に立てば、業界全体が待望していた法案であっても、Coinbaseの既存事業に大きな不利益をもたらす可能性があるならば、支持を撤回してでも修正を求めるという行動の経済的背景が見えてくる。
その後、5月にリワード規制の妥協案を受け入れたことも、法案の条件が変われば、期待できる利益と不利益の比較が変わり得るという観点から考えることができる。
Armstrongは、法案成立によって将来得られる利益と、既存事業への制約によって失いかねない利益を比較し、1月時点では後者の影響が大きいと判断したのではないか。5月には、複数の事業上の懸念が緩和されたことで、その比較が変わった可能性がある。
若手金融マンへの示唆
革新的な金融商品が登場すると、既存金融機関との競争は、商品やサービスだけでなく、その競争をどのような規制の下で認めるかという制度設計にも及ぶ。 今回の第三者リワードを巡る対立も、そうした新旧の金融事業者間の競争として捉えることができる。
銀行業界は、預金と顧客関係を巡る競争上の利害や規制コストへの懸念を、地域金融と信用供給を守るという公共政策上の主張に結び付けたのではないか。一方、Coinbaseがリワード規制を巡って強く働きかけた背景には、USDCの流通から得る収入と、自社プラットフォーム上の顧客基盤を守るという経済的利害があったと考えられる。両者の対立は、規制によって自社の競争条件がどう変わるかを巡る争いでもあった。
しかし、立法過程には企業間の利害調整だけでは収まらない側面がある。Coinbaseが5月の妥協案を受け入れた後も、銀行業界との対立は残った。さらに議会では、トランプ大統領とその家族の暗号資産事業を巡る利益相反など、リワード規制とは別の争点も重なり、9月には審議を進めるために必要な票を確保できなかった。企業が自社に有利な規制を求めて政治に働きかけても、その後の立法過程まで思いどおりに動かせるわけではない。Armstrongによる支持撤回も、業界全体が待望した法案に反対したという側面だけでは捉えきれない。Coinbaseの既存の収入基盤を踏まえれば、法案成立による将来の利益と、リワード規制による既存事業への不利益を比較した、CEOとしての経営判断だった可能性がある。
今回の事例では、新旧の金融事業者が自社の競争条件を巡って制度形成に働きかけ、その過程に別の政治的争点が加わった。企業経営者の発言や法案の採決結果だけでなく、誰が既存の収入を守ろうとし、誰が新たな事業機会を求め、規制のどの境界が双方の利害を分けていたのか。 そこに目を向けることで、金融規制を巡るニュースの背景が、より具体的に見えてくるように思える。
知識ボックス
① 米ドル建てステーブルコインは、どのような仕組みか
米ドル建てステーブルコインは、原則として1単位の価値を1米ドルに連動させることを目指すデジタル資産である。
USDCを例にすると、発行体であるCircleは、所定の条件を満たす顧客から米ドルを受け取り、それに対応するUSDCを発行する。発行されたUSDCは、暗号資産取引所、ウォレット、決済サービスなどを通じて流通する。償還時には、CircleがUSDCを回収して流通から除き、対応する米ドルを払い戻す。
利用者は、Coinbaseのような取引所などを通じてUSDCを取得したり、他の利用者へ送金したりできる。Circleから直接USDCの発行・償還を受けられるのは、原則として所定の資格を満たす機関投資家や事業者である。一般の利用者は通常、取引所などを通じてUSDCを売買する。
Circleは、発行済みUSDCの価値を裏付けるため、現金、短期米国債、適格なMMFなどの準備資産を保有する。この準備資産から利息収入などが生じる。例えば、発行残高が増えて準備資産も増加すれば、市場金利などの条件が同じ場合、準備資産から得られる収益も増加する。
発行体にとって、ステーブルコインの流通残高は、準備資産から得られる収益を左右する重要な要素である。ただし、USDCの保有者がCircleの準備資産の利息を自動的に受け取るわけではない。
また、通常の銀行預金とUSDCには重要な違いがある。銀行預金は銀行に対する債権であり、米国では所定の条件と限度のもとでFDICによる預金保険の対象となる。一方、USDCそのものはFDICの預金保険の対象ではない。
準備資産による裏付けがあっても、市場での価格乖離、償還、保管事業者、運営上のリスクなどが完全になくなるわけではない。
② デジタル資産の種類と、それを扱う事業者の役割
デジタル資産には異なる種類があり、それらの発行、流通、取引、保管には複数の事業者が関わっている。今回の規制問題を理解するうえでは、資産の種類と、それを取り扱う事業者の役割を区別する必要がある。
デジタル資産には、どのような種類があるのか
例えば、次の三つは、いずれもデジタル資産として取り扱われるが、その性質は異なる。
| 種類 | 主な特徴 |
| USDCなどの決済用ステーブルコイン | 米ドルなどの法定通貨に価値を連動させることを目指し、発行体による償還を前提とする |
| Bitcoin | 特定の発行体による米ドルへの償還を前提としない暗号資産 |
| トークン化された株式など | 株式などの金融商品に関連する権利や経済的価値を、ブロックチェーン上のトークンとして表現したもの |
トークン化された株式についても、保有者が原株式の権利を直接持つのか、株価への連動を目的とした別の契約上の権利を持つのかによって、法的な取扱いは異なる。
発行・流通・取引を担う事業者の役割
デジタル資産を取り扱う事業者には、次のような役割がある。
| 概念 | 主な役割 |
| Issuer(発行体) | 本稿では決済用ステーブルコインの発行体を指す。発行、準備資産の管理、償還などに責任を負う事業者 |
| Distributor (流通事業者) | 特定のデジタル資産を市場や顧客に流通させ、利用や残高の拡大を促す事業者 |
| Platform (プラットフォーム) | 顧客が取引、保管、決済など、複数の商品やサービスを利用するための基盤 |
| Exchange(取引所) | デジタル資産などの売買・交換の場を提供する事業者 |
| Broker(仲介事業者) | 顧客のために取引や注文の仲介を行う事業者 |
| Custodian(保管事業者) | 顧客のデジタル資産や秘密鍵などを保管・管理する事業者 |
これらは事業上の役割であり、一つの企業が複数の役割を担うこともある。
例えば、CircleはUSDCの発行体であり、準備資産の管理や償還に責任を負う。一方、CoinbaseはUSDCの発行体ではないが、その流通事業者であるとともに、暗号資産の取引、仲介、保管などの機能を持つプラットフォーム企業である。
DistributorとPlatformは似ているが、分類の観点が異なる。Distributorは特定の商品を顧客や市場に届ける役割を指し、Platformは顧客が複数の商品やサービスを利用するための基盤を意味する。
Robinhoodも、証券取引や暗号資産取引などを通じて顧客との接点を持つプラットフォーム企業である。同社はステーブルコインUSDGの流通ネットワークに参加しているが、USDGの発行体ではない。USDGはPaxosグループが発行しており、シンガポールにおける発行体は、同国の金融当局の監督を受けるPaxos Digital Singaporeである。
プラットフォームとDASPは、何が違うのか
プラットフォームは事業上の役割を表す言葉であり、DASPは法律で定義される事業者の区分である。DASPは、Digital Asset Service Provider(デジタル資産サービス提供事業者)の略称である。
ジーニアス法では、米国内で報酬や利益を得るために、デジタル資産の交換、第三者への移転、保管、デジタル資産の発行に関連する金融サービスなどを業として行う者をDASPと定義している。一方、分散型プロトコルや自己管理型ソフトウェアの開発などは、所定の条件のもとで定義から除外されている。
例えば、Coinbaseは顧客が複数の金融サービスを利用するプラットフォームであると同時に、デジタル資産の交換や保管など、DASPの定義に該当する業務も行っている。
反対に、総合的な顧客向けプラットフォームを持たず、デジタル資産の保管だけを専門に提供する事業者も、法律上の要件を満たせばDASPに該当する。
つまり、PlatformとDASPは異なる種類の事業者を指す言葉ではなく、同じ事業者を、事業上の役割と法律上の規制対象という異なる観点から分類したものである。なお、個別の登録や免許は、企業グループ全体ではなく、法人、国・地域、商品、具体的な業務によって異なる。
Affiliate(関連会社)とは何か
Affiliateは、事業上の役割や業務内容ではなく、企業間の資本・支配関係を表す概念である。
一般に、ある企業による別の企業の支配、共通の親会社による支配など、法律で定められた関係にある会社を指す。業務提携を結んでいたり、収益分配契約を締結していたりするだけで、法律上のAffiliateに該当するとは限らない。
今回のCircleとCoinbaseのように、発行体と流通事業者が密接な経済関係を持っていても、それだけで両社を法的な関連会社と判断することはできない。
発行体、流通事業者、プラットフォーム、DASP、関連会社は、それぞれ異なる観点から事業者を分類した概念である。
ジーニアス法が発行体自身による一定の利払いを禁止したのに対し、クラリティ法案の上院案では、DASPやその関連会社などにも規制を広げ、第三者によるリワードをどこまで認めるかが議論された。今回の対立を理解するうえでは、誰がステーブルコインを発行し、誰が顧客にサービスやリワードを提供するのかという区別が重要になる。
③ ステーブルコインのリワードは、誰が、何の対価として支払うのか
ステーブルコインから得られる金銭的なリターンは、保有に対するリワード、決済・取引などの利用活動に応じたリワード、資産の貸出によって得られる利回りの三つに分けて整理できる。
今回の規制問題では、報酬の種類に加え、誰が支払うのかが重要である。利用者から見れば似た経済的効果を持つリターンでも、発行体が支払うのか、別のプラットフォーム企業が支払うのかによって、ジーニアス法の利払い禁止規定の適用範囲が異なる。
単純保有に対するリワード
顧客が一定額のステーブルコインを保有することに対して、プラットフォーム企業などが報酬を支払う仕組みである。
例えば、USDCの保有残高や保有期間に応じて報酬が支払われる場合、利用者から見ると、銀行預金の利息に似た経済的な効果が生じる。
決済・取引などの実際の利用活動に応じたリワード
顧客がステーブルコインを用いて決済や取引を行った場合など、実際の活動に応じて報酬を支払う仕組みである。クレジットカードの利用に応じたポイント還元や、金融サービスのロイヤルティプログラムに近い考え方である。
もっとも、決済・取引に伴う報酬であっても、保有残高や期間と強く結び付いていれば、銀行預金に近い利回りとの境界が問題になる。
2026年5月・9月のクラリティ法案の上院案では、真正な利用活動に基づく報酬を一定の条件のもとで認める一方、銀行預金と経済的・機能的に同等の利回りについては制限する方向が提案された。また、真正な利用活動に基づく報酬であれば、残高や保有期間を計算に用いること自体を一律に禁止する設計ではなかった。
資産の貸出によって得られる利回り
ステーブルコインを第三者に貸し出し、その対価として利息などを受け取る仕組みである。
例えば、DeFiの貸出プロトコルを通じてステーブルコインを貸し出す場合、利回りの原資は借り手が支払う利息などになる。この仕組みは、単純保有に対するプラットフォーム企業のリワードとは異なる。
貸出先の信用リスク、担保価値の変動、スマートコントラクトの不具合、流動性の不足など、追加的なリスクが存在する。
ジーニアス法とクラリティ法案では、何が異なるのか
同じステーブルコインから得られるリターンでも、誰が、何の対価として支払い、その原資がどこから生じるかによって、経済的な性質とリスクは異なる。
ジーニアス法が禁止対象としたのは、発行体がステーブルコインの保有・使用・維持のみを理由として支払う利息や利回りである。 一方、2026年のクラリティ法案の上院案では、デジタル資産サービス提供事業者(DASP)やその関連会社などにも規制対象を広げ、銀行預金と経済的・機能的に同等の利回りをどこまで禁止するかが議論された。
ジーニアス法は2025年7月18日に成立した法律であり、クラリティ法案の第三者リワード規制は、2026年9月25日時点では成立していない。また、ジーニアス法自体は原則として2027年1月18日、または実施規則の確定から120日後のいずれか早い日に施行される。
したがって、ジーニアス法が発行体による利払いを禁止したことと、第三者によるあらゆるリワードが認められることは同じではない。実際の取扱いは、支払主体、契約関係、報酬の経済的な性質、適用される規則などによって異なる。
(編集部より) あわせあわせて読むと理解が深まる記事
参照記事
2026年9月20日 The Wall Street Journal
“Crypto Blew Its Big Moment—and the Blame Game Has Begun”
※本稿は、米国の金融コラム・業界記事を素材に、背景となる考え方や論点を整理することを目的とした考察です。本文中で紹介している参照記事には、有料媒体のものも含まれています。 本稿は生成AIを活用して下書き・構成整理を行い、筆者が検証・加筆修正の上で公開しています。
